
──音楽に目覚めたきっかけを教えてください。
桐木:楽器を始めたのと同時ですね。高2の文化祭で先輩のバンドを見て「なんやこれ、めっちゃやりたい!」ってなったんです。それまで音楽にはそこまで興味なかったんですけど、その瞬間にバンドという存在を初めて知って、衝撃を受けました。
──そこでベースを選んだのはなぜだったのですか?
桐木:ベーシストあるあるですけど(笑)、最初はドラムをやりたかったんです。でも周りはみんなギターやボーカルをやりたがって、ベースは余り物みたいな感じで誰もやりたがらなかった。じゃあ自分がやるしかないなと。始めてみたら楽しくて、今では性に合っているなと思います。
──始めた当初は、ベースの音を聞き分けるのも難しかったのでは?
桐木:そうそう。ギターとベースの音の違いもよく分からないレベルでしたからね。しかも結局バンドは組めなかったんですよ、みんな他でバンド作っちゃって俺はひとりぼっち。ショックでしたね。でもベースは持っていたから一人でコピーをしまくっていたんです。最初はメタルが好きで、Metallicaばっかり弾いていました。
地元の島根にはリハスタとかあまりなかったので、アンプを担いで友達の家までチャリで30分くらいかけて行って一緒に弾いたりもしました。その友達も、別のバンドに入ってしまって途中から完全に一人。孤独でしたけど、ベースを弾くこと自体は楽しかったです。
──大学に入ってから、本格的にバンド活動を始めたのですね。
桐木:はい。人が多い場所に行けばバンドできるだろうと思って福岡の大学へ行きました。そこで黒川や柳田と同じサークルに入り、最初に組んだのは激しめのハードコアバンドでした。オリジナル曲をやって、けっこうちゃんと活動していましたね。
──そのバンドは結構、名を馳せていたそうですね。
桐木:いやいや、そこまででもなかったですよ(笑)。
──桐木さんがベースを弾く姿を見てバンドに誘うことにしたと以前、柳田さんがおっしゃっていました。
桐木:ちょうどハードコアバンドを辞めることになって、「また一から組もうかな」と思っていたタイミングで声をかけてもらったんです。黒川の家に行って、鍋を囲んで好きな音楽を流しながらいろいろ話しましたね。最初はサポートのつもりで「いいですよ」と引き受けたんですけど、気づいたら正式メンバーになっていました。やっていくうちに自然と流れで、という感じです。
──その時の集まりも「鍋」だったのですね(笑)。4人で初めて音を出したときは覚えていますか?
桐木:いや、全然(笑)。でも当時、柳田くんが作っていたデモ音源を聴いて「あ、めっちゃいいな!」と思ったのは覚えていますね。ハードコアは大好きだったけど、自分が表現したいスタイルではなかった。もっとポップスに近いものをやりたかったので、神サイは自分のやりたいことと近かったんです。なので結成した頃は、「やっとやりたいことができたな」と思っていました。
──しばらくは大変な時期が続いたそうですね。
桐木:最初は楽しかったんですけど、とにかくお金がなくて。どれだけ節約できるかばかり考えている生活。しかも大学は留年していたので、親から「援助はできない」と。それでも福岡にいるうちはなんとかやれていたのですが、上京してからが本当にきつかった。メンバーともまだ深く打ち解けてなかったし、かといって仲が悪いわけでもないんですが、生活のために毎日バイトばかりしていて。「音楽をやりに来たはずなのに、何してるんだろう俺」という気持ちが常にありました。
あるとき、朝起きられなくなってしまったんですよ。体は動かないし耳鳴りも続いて、今思えば完全に鬱状態でしたね。バンドもうまくいかないし当時所属していた事務所も抜けることになって、一時期は死ぬことまで考えていました。
──そこから抜け出せたきっかけは?
桐木:一番大きかったのは、事務所が変わって、音楽である程度生活できるようになったことです。その分を音楽に回せるようになって、バイトを減らせた。それで少しずつストレスが減って、やりたいことが広がっていきました。あの時、「お金って大事だな」と心から思いましたね。100円のカップ麺だけで生きていた時期もあったので。
──桐木さんにとって、「この人に出会えたから今の自分がある」と思える存在は?
桐木:やっぱりメンバーですね。声をかけてもらったのがすべての始まりで、それがなかったら俺は多分全然違う道に行っていたと思います。自分で人を集めてバンドを組むとかできないですし、3人に誘ってもらえたのは本当に大きなターニングポイントでした。
──音楽以外で、桐木さんに影響を与えた人はいますか?
桐木:棋士の羽生善治さんです。小学校のクラブ活動で「将棋クラブ」に入ったのがきっかけで、羽生さんという強い棋士がいることを知り、そこからインタビューや本を読むようになりました。将棋って一見静かな勝負ごとだけど、実際は魂むき出しのスポーツマンみたいな世界なんです。そんななかで、羽生さんは最強なのに、探究心が全然尽きない。その姿勢や知性を本当に尊敬しています。しかもチェスも世界レベルで強いんですよ。それも含めて羽生さんの生き方……勝負への向き合い方や探究心、謙虚な姿勢にものすごく影響を受けています。僕自身は将棋めちゃくちゃ弱いですけどね(笑)。
──他に、何か興味を持っている分野はありますか?
桐木:最近はイラスト集を片っ端から買っています。作者の名前とかあまり知らなくても「これいいな」と思ったらすぐ買っちゃう。ベッドの上に広げて、その中で寝るような感じです(笑)。イラストそのものが好きなんだと思います。映画も好きですが、特にデザインや造形物といったビジュアル表現全般に惹かれる。ファンタジー系のイラストは特に好きで、非日常的な世界観を見ると自分の想像力が広がる感じがするんです。自分でも時々描くことはありますよ、落描き程度ですが(笑)。
──美術館やギャラリーを訪れることもあります?
桐木:はい。最近面白かったのは、福岡市西新のアートギャラリー「THE GALLERY 212」で開催していた『現代アート×BONSAI』展。「盆栽って宇宙だな」と思いましたね。アーティストごとのこだわりがすごく出ていたし、それぞれの盆栽に生命感があって。しかも、作品によってはめちゃくちゃ大きくて……盆栽って小さいイメージしかなかったから驚きました。
──アートへの興味は最近になってからですか?
桐木:そうですね。昔は音楽一筋だったんですけど、ここ数年でエンタメ全般に視野を広げるようになりました。PVや映像に関わる機会が増えたのも大きいと思います。音楽以外で得た知識や技術を音楽に転用するのが自分には合っているな、と気づいたんです。なので、去年は短編小説を書いてみました。1万字くらいの短編で、めちゃくちゃ大変でしたけど書き上げたときは達成感がありましたね。人には見せてないですけど、内容は友達に話しました。

──神サイをやっていなかったら、何をしていたと思いますか?
桐木:ボクサーかお笑い芸人ですね(笑)。「はじめの一歩」を読んでボクシングをやりたくなったし、高校時代に芸人に誘われたこともあって。実際にネタを書いたりもしました。
──えっ、ネタも?
桐木:そうそう。でも自分でやるんじゃなくて、芸人の友達に渡したりして。最近は裏方にも興味があって、お笑い作家とかやってみたいですね。
──本当に多彩だし、好奇心も旺盛なのですね。動物もお好きだとか。
桐木:好きというより「興味」ですね。虫とか鳥とか、「何を考えて生きてるんだろう」って気になって仕方ないんです。公園でハトをずっと観察して、鳴き声のリズムがコミュニケーションになっているんじゃないか、とか考えるのが面白い。世話したいとかじゃなくて、ただ知りたいだけなんです。昨日もコガネムシがひっくり返っていて、「どうやって起き上がるんだろう?」と思ってしばらく観察していました(笑)。
──桐木さんが大切にしていることってありますか?
桐木:最近は「自己犠牲」と「思いやり」「優しさ」のバランスを意識しています。人に優しくしすぎると自分がしんどくなるし、逆に疎かにすると人に迷惑をかける。その中間を大事にしたいんです。昔から人の目を気にする性格だったので、どうしても他人を優先してしまいがちでした。それが良くない方向に行くこともあったからこそ、今は偏り過ぎないよう気をつけています。
──今回、神サイのお気に入り曲を10曲選んでもらいましたが、選んでみて傾向とかありますか?
(徒夢の中で/初恋/六畳の電波塔/スピリタスレイク/凪/タイムファクター/REM/煌々と輝く/What’s a Pop?/アーティスト)
桐木:特に傾向はないですね。単純に「好きな曲」を選んだ感じです。ただ、「徒夢の中で」は特別で。レコーディング前日に実家のラブラドールが亡くなったんです。家族みたいな存在だったので、その気持ちのまま録った曲として強く残っています。「六畳の電波塔」は歌詞がすごく好きだし、「タイムファクター」も歌がずっと心に残っている。結果的に、曲の明るさとかジャンルよりも、自分の体験や感覚とリンクしているものを選んでいるのかな、と話していて気づきました。
──結成10年が経った今、メンバーに対してはどんな思いがありますか?
桐木:柳田は「人を喜ばせる力」、エンタメ力がすごいですね。物事をストーリーとして組み立てる力もあって、学ぶことが多いです。吉田は「魂」や「生き様」の部分を尊敬しています。僕はつい他人を優先しすぎるところがあるんですけど、吉田は逆に自分のエゴを大事にする。それに刺激を受け、「自分を貫くことの大切さ」を教えてもらっている気がします。黒川は心の広さと器の大きさ、人を見る目を持っていて、そこは僕にはない部分だからすごく参考になります。結局3人とも自分にないものを持っていて、その存在が考え方を改めるきっかけや学びにつながっていますね。
──最後に、10年前の自分に言いたいことは?
桐木:「予想外だらけやぞ」って(笑)。あとは「考えすぎるな」。昔の自分はすぐ考え込みすぎて、勝手に落ち込むことが多かったので。でももっと広く見ていたら、ちゃんと武道館にも行けるよ、と伝えたいですね。